2022年3月、Googleは日本のプログラミング教育を支援するカリキュラム「CS First」を公開し、無料で提供をスタートしました。CS Firstは、プログラミング教材として世界中で使われているScratchの特別版で、初めてプログラミングにふれる子ども向けのカリキュラムや、探究的な学びに取り組む小学校高学年向きのカリキュラムが用意されています。学校での活用はもちろん、家庭でも利用できるCS Firstについて、カリキュラムの詳しい内容や、導入した小学校の様子などを解説していきます。
「CS First」ってどんなもの?
「CS First」は、Googleがコンピュータサイエンス教育のために開発したカリキュラムです。ブラウザーベースのため、ノートパソコンやタブレットの機種を問わず使うことができます。
CS First自体はすでに2010年から提供されているもので、これまでに100か国以上、200万人以上の子どもたち、7万人以上の先生方が使ってきたという実績があります。日本だけでなく世界中で使われているプログラミング教材「Scratch(スクラッチ)」で、ブロックプログラミングを学んでいきます。
今回、日本で公開されたCS Firstは、文部科学省の「プログラミング教育の手引き(第3版)」を参考に、日本のプログラミング教育に対応したカリキュラムになっています。用意されている2つのコースを、順に紹介していきましょう。
1.「Scratch for CS Firstでプログラミングをはじめよう」
対象年齢は、主に小学3年生以上。初めてプログラミングを体験する子、Scratchを使ったことがない子でも楽しめる内容です。
自分のアイデアを取り入れた作品をつくりながら、「順序」「繰り返し」「条件分岐」といった基本的なコンピュータサイエンス、プログラミングの概念を学ぶことができます。
2.「私たちのまちのよさをプログラミングで広めよう」
対象年齢は、主に5年生以上。Scratchの基本的なプログラミング操作、コンピュータサイエンスの概念がある小学生が対象です。
自分のまちの魅力を紹介するプログラムつくるコースで、小学校の「総合的な学習の時間」において全12時間で行うカリキュラムが用意されています。
児童はグループにわかれて、「アニメーション」、「クイズ」、「地図アプリ」の中から、伝えたい表現方法を選びます。「Scratch for CS Firstでプログラミングをはじめよう」と同様にScratchのプログラミングのレッスンを通じて、自分たちがどんなふうにまちの魅力を伝えていくかを考え、作品をつくり上げていきます。
なお、CS Firstのコース開発には、全国の学校や自治体のプログラミング教育をサポートしている「みんなのコード」も協力しています。
ScratchとCS Firstはどう違うの?
CS Firstは、Scratchでプログラミングできる通常の「Scratchコードエディタ」の特別版です。カリキュラムに沿った独自の機能が追加されているほか、逆に使えなくなっている機能があります。
・2つの専用コースが用意されている
・「せつ明エリア」や「ヒント」があり、それらを見ながら、順を追って進めていく
・レッスン終了後に、追加で学べる「アドオン」機能
・Google ClassroomとCS Firstの連携機能(教員専用)
・CS First専用のクラスを設定し、教員、副担任、参加する児童生徒を設定できる(教員専用)
・クラスの児童生徒の作品、進捗、アンケートを確認できる(教員専用)
・Scratchコミュニティ機能(共有、コメント、リミックス)
・Scratchツールバー(CS First独自のものになります)
・カメラ機能、録音機能
・Scratchバックパック
このように細かい違いはありますが、実際に使ってみると、これまでScratchに親しんできた子どもでも、ほとんど違和感なくプログラミングをすることができます。
授業で使いやすい補助教材付きで先生の授業準備も簡単
CS Firstの優れている点は、児童生徒一人ひとりの進度にあわせて進められる点にあります。これまで、小学校の授業などでScratchを使ってプログラミングを行う場合、進めるための資料として、ブラウザで別のタブを開いたり、別のアプリを立ち上げて確認したりするケースも多く、子どもたちにとっては面倒な操作になっていました。
CS FirstはScratchの画面上に、次にやることや説明が詳しく表示されるため、CS Firstのひとつの画面上ですべて完結します。また、Scratchはブロックやメニューが多いため、「どこにあるのかわからない」と戸惑ってしまう場合もありますが、ヒントをクリックすると場所を教えてくれるので、ストレスなく進めていくことができました。
また、CS Firstには授業で使うための補助教材として、「使い方ガイド」のほか、指導案や児童生徒向けのワークシートなども用意されています。さらに、「私たちのまちのよさをプログラミングで広めよう」コースでは、総合的な学習の時間に使える導入用のスライドもあるので、先生は子どもたちにスライドを見せながら授業を進めてくことができます。
その他、サポートページでは、さらにくわしい解説を参照することが可能です。全国の先生が参加する、CS Firstなどをはじめとしたプログラミング教育のオンラインコミュニティ「Type_T – Team DJ Sensei」も新たに発足しました。こうしたコミュニティやCS Firstの活用を通じて、先生同士のつながりも広がっていくことが期待されます。
CS Firstを導入した公立小学校での効果
では、実際にCS Firstを使った授業では、どんなことが起こっているのでしょうか。
山梨県甲府市立大国小学校では先行してCS Firstを授業に取り入れ、2つのコースを体験しました。記者説明会では子どもたちが夢中になってプログラミングに取り組んでいる様子の動画が流れ、「プログラミング難しいけれど、説明つきだから簡単にできてわかりやすい」「達成感があって楽しかった」といった子どもたちの感想も紹介されました。
授業を担当した早川薫先生は、今回CS Firstで初めてプログラミング授業を行いました。
「プログラミング教育に詳しくなく、教えることに不安を感じていましたが、事前にカリキュラムが組み込まれていたのでわかりやすく教えられました。子どもたちも、説明やヒントがついていたので、さくさく進めて楽しく学ぶことができました。子どもにとっても私にとっても、すごくいい機会になりました」と、早川先生はCS Firstを活用した手ごたえを話してくれました。
総合的な学習の時間で「私たちのまちのよさをプログラミングで広めよう」コースを実施したのは、以前からプログラミング教育を行ってきたという同校の和地勲先生です。和地先生は「筋道をたてて考えたり、先を見通して考えたりしていくことはすごく大切なことだが、同時にハードルが高く感じています。実感を伴いながら筋道をたて、先を見通すスキルを身に付けてほしい」と考えたことがきっかけで、プログラミング教育をスタートしたそうです。
今回の授業のゴールは、地元である甲府の良さを、クイズやアニメ、タッチパネルなど、自分たちがプログラムした情報可視アプリを通して発信するというものでした、調べ学習など進めていく際にも、「単純に情報を集めるのではなく、自分たちがプログラムするために必要な情報は何か、しっかりゴール見ながら情報集めていた」と、子どもたちに身に付けてほしい力が自然と育まれていったことを話してくれました。
また、勉強に対してとても苦手意識をもっていた児童が熱心に取り組み、休み時間にも試行錯誤を重ね、沢山の工夫を盛り込んだプログラムをつくり、周囲の子どもたちからも「すごい」とほめられていたというエピソードも紹介されました。「集中することが苦手な子でも、ここまでひとつの物事に熱心に取り組める姿が驚きだった」と、和地先生は、CS Firstに取り組んだ子どもたちの様子を話していました。
「プログラム自体も、工夫次第でレベルアップしていくことを自然に体感していったので、子どもたちは『もっと何かできるはず』『もっと伝えられるはず』と、指示を出さなくても試行錯誤を続ける姿が印象的」だったそうです。
CS Firstは個人でも無料で利用できる!
残念ながら学校で使っていないけれど、ぜひ家庭で使ってみたいというご家庭の場合、個人でもCS Firstを利用することができます。
方法は2つ。ひとつめは、保護者が先生(管理者)となってCS Firstのクラスをつくり、子ども用にアカウントを発行する方法です。
ふたつめは、クラスやアカウントを作成せずに使う方法です。この場合、特に設定は必要ありませんが、作成したプロジェクトは保存できません。自分のコンピュータ上には保存できますが、CS Firstでは保存データを開くことができないため、通常のScratchでつくったプロジェクトを開く必要があります。ただし、その場合はCS Firstの機能は使えないため、どんなものか試してみたい場合のみ使ってみるとよいでしょう。
今回ご紹介したCS Firstは、プログラミングすることを目的としているのではなく、プログラミングの体験を通じてコンピュータサイエンスにふれ、自分でつくりたいものを目指し調べたり考えたりして試行錯誤を重ね表現していく、探究学習としても優れた教材になっています。
「プログラミングの学習をしているときに一番困惑するのが、子どもたちがプログラムをつくること自体を目的としてしまい、こちらの狙いとずれてしまうことがある。CS Firstは明確なゴールがしっかり示されているので、それに向かって子どもたちが試行錯誤を繰り返すことができる」と、和地先生が話しているように、子どもたちが自ら学びに向かっていく力を養うきっかけとしても期待できるでしょう。
ChromebookやGoogleのサービスを導入していない学校でも無料で使うことができますので、プログラミング教育の導入として取り入れてみるのもおススメです。